どんなにデータを集めても、君との未来は見えやしない。 そんな話をしたら、君は笑ってこういうんだろう。 future 「乾君」 昼休み、ざわついた廊下でふと呼び止められる。 特に目立つ声でもないのに、すぐに君だとわかってしまう。 これもデータの為せる技…だとつい最近まで思っていた訳だったが。 「ああ、…か」 「お昼、一緒に…食べよ?」 天気がいいから屋上で食べよう、と俺の腕を引っ張り早足で向かう。 「しかし、今日の天気は…」 今にも雨が降りそうな空模様。確率でいうなら98%降るだろう。 そう言うと、「まだ降ってない」と弁当箱を広げだす。 仕方ない、と観念し隣へ腰掛ける。 モグモグと暫く無心で食べていた彼女だったが、一息ついて口を開く。 「あ〜いい天気だねぇ」 「この曇り空がか?」 「うん、だって乾君と一緒だもん」 ずきゅん。と音がした。いや、撃ち抜かれた。 「そ、そうか」 「データに書き加えといてね」 頷き、ふと空を見上げる。 確かにこんな雲の多い空でも、君がいるだけで晴れ模様に変わってしまう。 そんな気持ちに気付いたのは、そう、あの日から。 とは同じテニススクールに通っていたので、小学校からの顔見知りだった。 全然伸びない身長を気にしていて、俺が羨ましいと何度も言っていた。 『テニスは身長じゃない』といっても、やはりないよりはあった方がいい。 青春学園に入学した時、彼女は俺に、背が高くなる方法を聞いてきた。 思えばそれが、きっかけだったのだろう。 毎日牛乳を飲むだとか、身体を伸ばすとか本当に一生懸命だった。 そんな彼女に惹かれていくのに、時間はかからなかった。 未だ『好きだ』とか『付き合ってくれ』などの常用文句は言えていないが 今こうして、隣で笑ってくれている。 ◆◆◆◆◆◆◆◆ 「乾君、あの文集の作文書いた?」 突然の質問に我にかえる。 「い、いや。まだだ」 「本当?」 「そういうはどうなんだ?」 「一応…終わってるよ。そっちはね…」 「そっちはというと?」 「う〜物理の宿題がね」 大きく溜息をつき、項垂れるの頭をポンとなで、軽く咳払いをする。 「物理ならみてやろう」 ぱあっと明るい笑顔を見せると、立ち上がりスカートの埃を払う。 「ありがと!じゃあ、放課後図書室でね」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 放課後、予想通りに雨が降り始める。 掃除を終えた乾は、先に図書室へ向かったの後を追う。 ここの図書室、天気のいい日は心地良い陽が射す穴場で試験前等は 生徒が溢れかえる場所である。 しかし今日は、窓を打つ雨の音とペンを走らせる音だけが響いている。 辺りを見回し、彼女を見つけ早足で向かう。 向かい側の椅子に座り、頭を悩ますにアドバイス。 「えっと、ここはこの公式を使えばいいの?」 「ああ、そうだ」 「じゃあこっちは?」 「それは………」 ふとペンが止まり、「そういえば」とこちらを見る。 「前にもこうやって、乾君に教わってたよね」 「身長のことか?」 「そうそう」 「懐かしいな」 「おかげさまでこんなに大きくなりました」 「そうか…?(別の所は成長したみたいだが)」 ひどいと、笑い声を上げると周りの生徒に睨まれる。 しーっと人差し指を口にあて、また笑う。 そんな時、乾の携帯が光る。 「メール?」 「ああ…大石からだ。すまない、ちょっと部室へ行ってくる」 「うん、いってらっしゃい」 ◆◆◆◆◆◆◆ 用事を終え、急いで図書室へ帰り着くと教科書を開いたまま、眠っている彼女が居た。 ふと笑みを零し、机に散らばっているプリントを片付ける。 そんな中、目に留まった一枚の作文用紙。 タイトルは『将来の夢』。 可愛らしい文字で書かれた一文に言葉を失う。 『大好きな人とずっと一緒に居られますように』 そして言葉の横に書かれた乾の似顔絵。 一気に胸の鼓動が早くなる。間違いなくこれで寿命が縮んだであろう。 まあそんな事、今はどうでもいい。 眠っている彼女に、持っていたジャージの上着を掛け、隣に腰掛ける。 寝顔を見つめながら、自然と緩む口元を抑えられず、そっと髪に触れる。 「将来の夢か…」 このままずっと見ていたい所だが、下校時間は過ぎようとしている。 仕方ない、と彼女の肩をトントンと叩く。 「ん…」 「帰るぞ」 「え、あれ私、寝ちゃってた!?」 「ああ」 「ありゃ、ごめんね」 「気にするな」 「あれ、あったかいと思ったら、上着…掛けてくれたんだ」 ありがとう、とたたんで乾に渡す。 バタバタと帰り支度をしてチャイムを背に下駄箱へと向かう。 「あ〜あ、やっぱり降ったね」 「データ通りだ」 「あれ、でも乾君。傘はどうしたの?」 ああ、持っていると鞄から出そうとしたが、その手を止める。 「今日は忘れた」 「え、乾君が?」 珍しい事もあるんだねと、は「じゃあ、どうぞ」と自分の傘を広げた。 「俺が持とう」 「ありがと」 いつもより近い君との距離。 時々触れる腕や、見上げる瞳。いつも以上に胸が高鳴る。 俺だけと思っていたが、彼女も緊張しているようで無口になっている。 「こんな風に帰るのって、なんだかいいね」 「そうだな」 街も心なしか静かになっていて、まるで二人きりのように感じる。 それが心地良く、ふと彼女の方を見ると、目が合って。 「…明日も明後日もこうやって一緒に帰ろう」 「え…」 「俺の将来の夢だ」 初めて見たその照れたようで嬉しそうな笑顔。 俺の君に関するデータ容量は、もうパンク寸前だ。 昨日より今日。今日より明日。 毎日、君が好きになる。 「そうか…」 「どうしたの?」 いや、と緩む口元を隠しながらそっと耳元で囁く。 「、好きだ」 俺のキミノートは、白紙。 君に関するデータは入らない。俺自身に記憶すればいい。 他の誰にも見られないように。 そして、君との未来を創っていけばいい。 Back |