青学に練習試合に行った時、不二から一枚の写真をもらった
そこには、俺とうちのマネージャーのが写っていた

いつの間にこんな写真を?


そういえば、この間青学の連中がうちの学校に来た時に
不二のヤツやたらに写真を撮っていたな

「いい写真だろう?」なんて不二は笑っていたが、
確かに、見慣れているはずのの顔がどこか違って見えた


アイツ…こんな顔をして笑うんだな…










シャッターチャンスは一度だけ










不動峰に来てテニス部を再建する時からとは一緒にいた
みんなで一緒に全国を制覇しようと影で支え続けてくれた

アイツの笑い顔、泣いた顔、怒った顔、全部知っている
だが、こんな顔は初めて見るような気がする


「アイツでもこんな顔するんだな」と不意に出た言葉に不二が笑った

「シャッターチャンスは狙わないとね」

不二の言葉は俺には難解だったが、フフッと意味がありそうな笑いをして
「彼女は橘といる時は意識していないみたいだね」と言った

意識をしていない?

何か少しショックだった
俺といる時に意識をしていないということは『男』として見られていない?

そう言えばアイツはよく俺の事を兄貴みたいだと言っていたな


俺はそれ以来の表情が気になるようになっていた








「桔平ちゃん一緒に帰ろう」



俺たちは練習が終わるとどちらからでもなく声をかけて一緒に帰っていた
今日はたまたまが声をかけてきたので帰る支度をしていると
神尾が「いつもラブラブっすね」と笑っていた


「ラブラブ?俺とが?」

「橘さんの事桔平ちゃんなんて呼ぶの先輩ぐらいっすよ」


そうなのか?それだけでラブラブなのか?…よう分からんばい

確かに最初に『桔平ちゃん』と呼ばれた時は驚いたが、
今じゃ、すっかりそれに慣れて『橘くん』と呼ばれる方が違和感がある気がする


「お前たちも一緒に帰るか?」

「冗談じゃないっすよ、お二人の邪魔はしませんって」



神尾たちは笑いながら「それじゃ、お先に」と帰って行った
その様子を見ていたが「じゃあラブラブで帰ろうか?」とクスクス笑い
いきなり俺の腕に寄り添うように密着してきた

「な、なんばしよっとね」

「何って…腕を組んだだけじゃない」



思わず焦って方言を出してしまった事には悪戯っぽく笑った
その笑顔はいつもと同じで、写真のあの顔とは違う

不二の言っていた事はやっぱり分からん…

が、校門を出た時にの様子が変わったことに気づいた



は校門を出ると直ぐに「ごめん、ワルノリし過ぎたね」と組んでいた手を離した

俺は離された手に少し物足りなさを感じながら
「別にかまわないぞ」などと柄にもなく言ってみたりする

半分冗談、半分本気で言った言葉には少し驚いた顔を見せ
「ホント?」と制服の袖を軽く摘まんだ

俯き加減のその表情に俺は心なしか動揺する

コイツのこんな顔は見た事がないな…

もしカメラを持っていたら残したい一枚だ
そう思った瞬間、不二の言葉を思い出した

『シャッターチャンスは狙わないとね』


何となく不二の言っていた事がわかった気がして思わず顔が緩んでしまった






翌日、いつもと同じように練習後と帰る約束をする

「少し腹が減ったな、何か食べていくか?」と
何の気なしに言った言葉にの表情がフッと変わった


たった今まで叱咤激励をしながら部員たちの士気を高めていた
その一言でこんなにも違う顔を見せるのか?


「フッ…、これもシャッターチャンスだな」

「え?何か言った?」

「あ…いや、なんでんなか」

「あー、また何か焦ってるな?」

「そ、そげんことなかばい」



は小さく笑って、いつもの顔に戻って俺の制服の腕を掴む



右腕に温もりを感じながら一緒に歩く時間も、
3年の俺たちにとっては少なくなっていくのかもしれないな


「桔平ちゃん、あそこに寄ろう」

「そうだな」


ふと、が指差したファーストフード店に俺たちは寄る事にした


こうして学校帰りに二人で店に寄るのは初めてだ
向かい合わせに座って互いの顔をゆっくり見合う事もなかった

緊張のせいもあって「もうすぐ卒業だな」などと
ありきたりの言葉しか出ない自分が情けなか…



…お前は卒業したらどうするんだ?」

「どうするって?桔平ちゃんはどうするの?」

「そうだな、俺は何も変わらんだろう」

「テニスを続けるってこと?」

「そうだ、俺にはそれしかないからな」

「ふぅん、じゃあ私もマネージャーを続けようっと」

「ずいぶん簡単に決めるんだな」



は急に真顔になって「簡単じゃないよ」と、少し強い口調で言った
そして、直ぐに「桔平ちゃんをずっと見ていたいから」と笑った


「俺を?」

「うん…本当は見ていたいっていうか、ずっと一緒にいたいんだ…なんて……ダメ?」



いつもの調子でおちゃらけて言ったくせに、はにかんだ表情を見せる


今、気付いたばい

のその柔らかい表情は俺だけに見せる顔なんだと…
他の誰にも見せないその顔がお前の意識していない顔なんだな



「ダメ…じゃないぞ」

「ホント?」

「あぁ、俺もお前とずっと一緒にいたいと思っている」

「うん」



その後、お前が「嬉しい」と見せた最高の笑顔は
俺にとって一世一代のシャッターチャンスだった

たった一度のシャッターチャンスで俺は自分の目に焼き付けた




帰り際、繋いだ手から伝わる温もりに俺はが好きなんだと実感した






シャッターチャンス何度も狙えるものではない
だけど、今この時、この瞬間を残しておきたい


その表情が俺に向けられているのなら尚更…



だから俺はお前をこれからもずっと追い続けるのだろう




たった一度だけのシャッターチャンスを狙って……な?















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