背景素材『ONSHINFUTSU』様




青学と練習試合をした時、フェンス越しに試合を見ていた女子。

あれから、彼女を忘れられないのは何故だ?










真夏の眼鏡’s










「ねぇ、ちょっと! そこのアナタ!」



街中を歩いていると、突然後ろから声が聞こえた。

こんな人が沢山いる場所で大声を張り上げるとは…なんと迷惑な。



「ちょっと! そこの黒い帽子かぶってる立海のジャージ着たお兄さん!」

「む……俺か?」

「そう、アナタよ! ……あ、やっぱり! 立海の真田くんでしょ?」



振り向くと、そこに居たのは。
あの日から忘れられない、一人の女子。



「そうだが…」

「あたしね、っていうんだけど」



何の苦労もせず、名前が聞けるとは…!
いやいやいや、何を考えてるんだ俺は! たるんどる!

しかし、彼女は青学の生徒だった筈。

何故いきなり俺に声を掛けるのだ…?



「ちょっと協力してほしいことがあるんだけど…一緒に来てくれない?」

「……うむ、丁度時間が空いていたところだ、構わんぞ」

「ありがとう! じゃあ、ついてきて!」



礼を言った彼女の笑顔の、なんと可憐なことか。
いやいやいや、また俺はこのようなことを………もしや!

これが、恋というものなのか?






ついていった先は、どうやらスタジオというらしい。
体育館のような床の少し広い場所や、マイクや楽器が置いてある場所がある。

音楽活動をしている者が集う場所、と言ったところだろうか。




「えっと、とりあえず皆の紹介をするね」

「皆……?」

「さぁ…おいでませ、眼鏡’s!!」



めがねーず…? なんだソレは?



「どうも、リーダーの忍足です」

「何を言っているんだ、忍足……黄色はリーダー色じゃないだろう。
 こんにちは、リーダーの乾です」

「馬鹿を言うな、乾。 リーダーと言えば赤に決まっている。
 だからリーダーは俺だ。 リーダーの手塚です」

「もう…リーダーは手塚くんって決めたでしょ?
 それよりほら、ちゃんと自己紹介して! 新メンバーが来たんだから」

「え、ホンマに見つけてきたんかいな…って、うわ」

が真田勧誘に成功する確率48%…五分五分といったところだったが」

「ほう、本当に真田を連れてくるとは…見直したぞ、

「へへ〜、それほどでもあるけど♪」



やけに煌びやかな衣装に身を包み、色違いのハチマキをしている三人組の登場。

一昔前のアイドルグループのような………アイドル??!!



「なっ……何をしているんだ貴様ら!
 氷帝の忍足、青学の乾……手塚まで…!」

「……説明してへんのかい」

「見てもらった方が早いかと思って」

「これは一体どういうことだ……



呼び慣れない名前を緊張しながら呼んで、彼女の方を見る。
首を傾げるその仕草が可愛らしい……。

な、何を考えている、真田弦一郎!

今日のお前はおかしいぞ!



「えっと…彼らは眼鏡'sっていう中学生のアイドルグループ。
 そしてあたしは、眼鏡'sのマネージャーよ」

「アイドルグループ……マネージャー…?」

「そう! でも、イマイチ何かが足りない気がしたの。
 ずっと考えて…あたしは気付いた。 そう、足りないのはインパクト!」

「そんで、インパクトを与えるんに丁度ええのは誰かっていうからなぁ」

「普段眼鏡を着用していない…そして威厳のある人物がアイドルという、
 ギャップという魅力があれば支持率は今以上に上がるだろう」

「更に真面目な者なら練習にも励んでくれる…と、皆の意見を合わせてな。
 真田、お前が適任だろうと結論が出た」

「だ……だが俺は…」

「お願い、真田くん! あたしを助けると思って…」

「いや、しかし…」

「あたしは、眼鏡'sを世紀の大スターに育て上げるのが夢なの!
 ……いいえ、これは目標! あたしの野望よ!」

の……野望…」

「そう、野望! 真田くんがいれば、きっと眼鏡'sは大スターになるわ!
 真田くん……あたしと一緒に戦って!」

「……その熱き思いを無下にするなど、男として出来はしない。
 ……この真田弦一郎、お前の野望を果たす為に共に戦うと誓おう!」




可憐な容姿に、熱き魂。
このような女子は、初めて見た。

そうだ、認めよう。
俺は、彼女に恋をしてしまった。
それなら俺は、最後まで彼女と共に戦おう!

そして彼女の夢…いや、野望を果たせたなら。


彼女に、この想いを伝えるのだ!





かくして、猛特訓の日々が始まった。

アイドルとは、こうも厳しいものなのか。
歌の練習、ダンスの特訓。
眼鏡の種類、ずらし方、上げ方、掛け方、外し方。

特に、眼鏡に関しては異常なまでに厳しい。
これが、眼鏡’sたる所以なのか。
真田は納得せざるを得なかった。




「さぁ、真田くん! 次はダンスの特訓よ!」

「うむ、! 受けて立とう!」



この時ほど、テニスをやっていて良かったと思ったことは無い。

真田のダンスは初心者とは思えぬ程の華麗さで、をも唸らせた。



「すごい、真田くん! もうそんなに上達したのね」

の指導がいいお陰だろう」

「そんなこと……真田くん、スジがいいのよ」



頬を染めて照れながら微笑むを見て、
真田のやる気ゲージは止まることなく上昇してゆく。



、眼鏡の特訓をしたいのだが…」

「まぁ…真田くんってば、本当に眼鏡'sらしくなったわ…。
 特訓ならいくらでも付き合うわよ! さぁ、眼鏡ルームにいきましょう!」



ここで解説。
眼鏡ルームとは、眼鏡特訓専用の部屋である。

@床に置かれた様々な眼鏡から、出題のテーマに沿った眼鏡を瞬時に選ぶ特訓。
Aその拾った眼鏡を、より早く掛けてポーズを決める特訓。
Bリズムに合わせ、の合図で、ずらしたり上げたりする特訓。

更に、それぞれの特訓にはルールがある。

@いくら素早く眼鏡を選んでも、眼鏡を踏んだり壊したりしてはいけない。
(眼鏡への愛情が無い者は眼鏡'sの資格が無い為)
A瞼やこめかみや耳などに、眼鏡のつるを引っ掛けてはならない。
(スムーズに掛けられないと歌っている最中のリズムが狂い、他メンバーに迷惑)
Bリズムを外してはいけない。
また、リズムに合っていてもポージングがイマイチではいけない。
(リズムに合ったポーズでないと、皆揃わない。
ポージングがイマイチだと舞台が台無し)


眼鏡'sマネージャー・発案の特訓メニュー。
これは眼鏡’s専用訓練の中で、最も重要で、最も過酷な特訓である。


真田は、一生懸命戦った……もとい、特訓した。


眼鏡を踏んで壊してしまい、怒られたこともあった。
誤って白目に眼鏡のつるが勢いよく当たってしまい、眼科通いになったこともあった。

リズムに合わせて動くために、矢印に合わせてステップする、
某音楽ゲームをやる為にゲームセンターに通いつめたこともあった。



数々の失敗を重ねながらも、彼女の笑顔を糧に走り続けた。
真田はいつしか、キング・オブ・眼鏡と呼ばれるようになっていた。

以前の真田なら、くだらん!と一蹴していただろう。

だが今の真田に、その称号は誇らしいものだった。





「真田くん!」

「ああ、か……どうした、そんなに息を切らして」

「NEW眼鏡'sのステージが決まったの!」

「何? 本当か!」

「うん! ついに…ついに、真田くんが舞台に立つのよ!」

「そうか……では、そのステージがお前の野望を果たす為の第一歩だな」

「うん…真田くんがいれば、きっと大成功するわ」

「ああ、してみせよう。 俺に任せておけ!」



ついに、真田のデビューが決まったのだ。
海の家で催される、盛大なイベント。

曲は≪真夏の眼鏡’s≫、ずっと練習してきた歌だ。


最後の特訓が始まった。

四人合わせての歌い方、ハモリ方、ダンス、コンビネーション、セリフのタイミング。
そして何より、眼鏡パフォーマンス。

何度もNEW眼鏡'sの四人、そしてマネージャーのと会議をした。
眼鏡の日焼け跡をつけておくか、歌詞に合わせて水中眼鏡も用意するか。
衣装は色違いにするか、夏を象徴する衣服四種類にするか。
何度も話し合い、試し、歌って踊って眼鏡パフォーマンスを繰り返した。


そしてついに、が言った。



「そう…そう、これよ! あたしが求めていたイメージはこれだったの!
 これこそが≪真夏の眼鏡’s≫だわ!」

「ジブンもそう思うか…俺も、何かに辿り着いた気ィするで」

「これならいけるだろう。 ステージが大成功する確率…100%、だな」

「ああ、あとは本番を残すのみだ。 皆、油断せずに行こう」

「さぁ、真田くん…いえ、キング・オブ・眼鏡!
 皆に喝を入れてちょうだい!」

「うむ……手塚、忍足、乾…そして、
 俺たちは、厳しい特訓を共に乗り越えてきた同志だ。
 もはや俺たちに乗り越えられぬものは無し!
 の、そして俺たちの野望の為…明日を輝かしい第一歩にするぞ!」


『おーーー!!!!』



皆の掛け声と、掲げられた拳が重なる。
いよいよ、明日がステージの本番だ。






「真田くん……緊張してる?」

「少しな。 は、どうだ」

「あたし、すごいドキドキしてる…」

「……大丈夫だ、ステージは必ず成功させる」

「ううん、そうじゃないの…。
…真田くんのステージがついに見れるって思うと、なんだか嬉しくて…」

…」



舞台裏、そう話すの手は微かに震えて、瞳は潤んでいた。

抱き締めたいなどという、らしくもない衝動をすんでのところで抑え。
ぽん、と軽い音を立てて、そっと柔らかい髪に手を添えた。



「お前の為に、俺は舞台に立つ。 必ず、お前の望みを叶えると誓おう。
 ……だから、嬉し涙はとっておけ」

「…うん……真田くん」

「なんだ?」



照れくさそうに笑ったが、真田の手を取り、両手できゅ、と握った。
突然の出来事に、胸が高鳴る。



「……緊張しない、おまじない。
 あたし、真田くんのこと…ずっと、見てるから」



ざわざわと、胸の内から何かが溢れ出す。

このステージが大成功に終わったら、彼女を海に誘おうか。
想いはまだ告げない、野望を果たしてからと決めたのだから。

だが、もう少しだけ。

彼女に近付いても、許されるだろうか。




「よーし! じゃあ行って来い! キング・オブ・眼鏡!」

「うむ!」



まだ幕が下りたままの舞台に、立ち位置通りに立つ。

手塚、忍足、乾と目を合わせ、頷いた。
イントロ部分のポーズを決めて、曲の始まりを待つ。

舞台の後ろからライトが当てられて、幕に自分たちの姿が映った。

もうすぐ、始まる。


イントロが流れ、リズムに合わせて体を上下させる。
特訓の甲斐あって、四人のリズムはぴったりと重なっていた。

今、舞台の幕が開く………。







ジリリリリ……ジリリリリ……



む……開演のベルか?
だがこれは……どう考えても目覚まし時計の音に聞こえるが…。
盛大なイベントの割に、開演ベルは安っぽいな。





「う……ぅうむ……」



ぱちりと、目を開ける。
見慣れたいつもの天井、すぐ近くの窓からは夏特有の陽射しが差し込んでいる。

キョロキョロと部屋の中を見回すと。

枕元に、一枚のCD。
手塚に貰ったものだった。
昨夜はこのCDを聞きながら、布団で寝転がっていて…。



「まったく……迷惑な」



ぼんやりと、夢の内容を思い出す。
見た事も無い彼女の笑顔だけが、やけに鮮明に蘇った。



「………悪い夢でも、無かったか」



携帯電話を取り出して、メモリから『手塚』を呼び出す。

とりあえず、このCDの話をしよう。
そして、これを口実にして。



まずは、彼女の名前でも聞いてみようか。







真夏の夜の夢の、続きは現実で。











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