むかしむかし、あるところに










銀の剣










それは、偶然から始まった。


母親が珍しく体調を崩して、昼飯を食堂で済まそうとした日。



「いっただっきまーす」



どこからか聞こえてきた弾んだ声。

その声の方向に視線を向けると、一人の女子。
そして目の前には……テーブルの上に、所狭しと並べられた学食たち。

女子があんなに食うもんなのか?
当然のごとく、それを疑問に思ったが。
その女子の向かい側に、見覚えのある後ろ姿。



「あれは…桃城か?」



もしかしたら、彼女だろうか。
桃城のクセに生意気な…いや、別に羨ましいワケじゃねぇが。

話に聞くとおり、桃城はガツガツと目の前の料理を消化していく。
相変わらず食い意地の張ったヤツだな、そんなことを考えながら眺めていると。



「なっ…」



なんとその『女子』が、桃城に勝るとも劣らないスピードで食べている。
しかも、あの量を。



「信じらんねぇ…」



とてもじゃないが、そんな大食いにも見えない。
……というか、女子があんなに大量の飯を食うのは初めて見た。

それに。



「……なんて、美味そうに飯を食うヤツなんだ…」



周囲の拍手喝采に、我に返る。

どうやら、桃城と早食い対決をしていたらしい。
周りの生徒が口々に褒め、それに対して笑顔で応える彼女。

美味そうに飯を食っていた顔、今見せている笑顔。


走ってもいねぇのに、鼓動がやけに早い。



「約束どおり、今回も桃ちゃんのおごりね♪」

「わぁーたっつーの。 ったく、お前には敵わねーなぁ、敵わねーよ」



桃城のヤロウと仲良さそうに話す姿に、胸が痛む。


………一目惚れ、そして失恋決定した日だった。







「あれ、海堂くん」



図書室に、動物の写真集を返しに来たとき。
後ろから掛けられた、聞き覚えのある声に振り向くと。



「あ、ごめん。 初めましてだよね。
 あたし、。 よろしく、海堂くん」

「あ、ああ…よろしく」



にっこりと笑った彼女に、それだけしか言葉が出てこなかった。

どうして俺の名前を知ってるのかとか、桃城とは…付き合ってるのかとか。
色々聞きたいはずなのに、声にならねぇ。



「あたしね、桃ちゃんと同じクラスなの。
 それで、海堂くんの話をよく聞くんだよ」

「…桃城とは、その…つ、付き合ってるのか?」

「桃ちゃんと?!! やだなぁ、海堂くんってば。
 そんな訳ないじゃん」

「そ、そうか」



勇気を振り絞って聞いた言葉に、実にあっさりと否定される。
これ以上ないほどホッとした…まぁ、だからといって期待はしねぇ方がいいか…。



「海堂くんって、動物好きなの?」

「え、……あ」



突然聞かれて、手に持っていた写真集の存在を思い出す。



「それ、あたしも見たことあるよ。 赤ちゃんの写真とか特に可愛いんだよね」

「あ、ああ…。 ………変、か?」

「? 何が?」

「いや……似合わねぇのは、解ってる」

「そうかなぁ、似合うと思うけど」



ふふ、と小さく笑う彼女。
その仕草に、また胸が高鳴る。



「あ、その写真集が気に入ったなら、こっちのもオススメだよ」

「……詳しいんだな」

「あたし図書委員なの。 アンド、絵本同好会の設立者♪」

「絵本同好会…?」

「うん、絵本好きなの。 童話とか…。
 ……桃ちゃんは、大食いのくせに似合わねぇ、とか笑われるんだけどねぇ」

「か、関係ねぇと思う」

「え?」



気付いたら、口が勝手に動いていた。



「俺は、似合ってると思う。
 それに……大食いだって、悪いことじゃねぇ」

「………」



視線を逸らしながら、勝手に言ってしまった言葉。
恐る恐る彼女を見ると、呆気に取られて固まっていた。

……や、やっちまった…か…?



「……嬉しい」

「え…」

「そんな風に言ってくれる人、あんまり居ないんだ。
 だから、すごい嬉しい。 ありがと、海堂くん」



満面の笑顔。
心臓に、矢が刺さった気がした。





それから、彼女とは…とは、よく図書室で会うようになっていた。
…いや、に会う為に、図書室に行くのが日課になった。

図書室の中の区切られた小さな部屋、そこが絵本同好会の活動場所らしい。

昼休みや、部活が終わってから下校時間までの僅かな時間。
だが、毎日のようにその部屋で話していた。



「……絵本同好会っていうのは、だけなのか?」

「うん、そうなんだ…まぁ、同好会ってのはそんなもんだよ。 …あ、そうだ!」



いきなり思い立ったように、鞄を開けて。
中から取り出したのは、一冊の絵本だった。



「これね、あたしの一番好きなおはなし」

「……どんな話なんだ?」

「んーっとね…冒険活劇、かな?
 一人の男の子が、冒険をして、悪いものを倒すおはなし。
 よくあるおはなしなんだけどね」

「…その話のどこが好きなんだ?」

「好きなフレーズがあるんだ。 えっとね…。
 『銀の剣は絶対折れない。 ぼくの心が折れないかぎり』。
 主人公の男の子がね、負けそうになったときにそう叫ぶんだ」

「銀の剣…っていうのは、ソイツの武器なのか」

「うん…っていうか、心そのもの、かな」

「……中々骨のあるヤツだな」

「ふふっ、そうだね」



嬉しそうに笑いながら、そういえば、とがポンと手を叩く。



「確か、今度の日曜日に練習試合があるんだよね?」

「ああ」

「…海堂くんも、試合出るよね?」

「当たり前だ」

「じゃあさ、あたし見に行っていい?」



そんなの、こっちから頼みたいぐらいだ。



「……い、いいんじゃねぇか」

「よし! じゃあ日曜日は応援に行くからね」



次の試合は、絶対に負けられない。





日曜日、アップをしながら辺りを見回す。
はもう来たんだろうか…そう考えると、なんだか落ち着かねぇ。



「海堂くん!」



間違えるはずのない、彼女の声。
振り返ると、フェンス越しに手を振る彼女が居た。

思わず駆け寄ると、眩しいほどの笑顔。



「……

「応援してるから、頑張ってね!」

「…ああ」



絶対に勝つ。
そう誓って、コートに向かった。




誓ったはずなのに、なんで俺は負けそうなんだ。
もう後が無ぇ、それなのに、体が思うように動かない。

ベンチに座って、頭からタオルを被る。

気持ちばかりが焦って、このままじゃ負けちまう。



「海堂くん」



背後から聞こえた彼女の声、反射的に振り向いた。



…」

「銀の剣は、絶対折れない!」

「………俺の心が、折れないかぎり…?」

「正解っ」



お前は、俺より『海堂薫』のことを解ってやがる。

精神力なら、誰にも負けねぇ。







「……勝ったぞ」



フェンスの外に出て、に歩み寄ってそう言った。
数秒見つめられて、また心臓がうるせぇ。

次に何を言おうか考えていると、突然胸に衝撃。


が、俺に抱きついている。
さらに心臓が激しく動いて、このまま死んじまうかと思うぐらいだ。

嬉しくて仕方ない、周りなんて目に入らねぇ。
でも抱き締めるほど度胸もねぇから、彼女の頭をしばらく撫でていた。





それを見た桃城のヤツが、噂を流したらしい。
そのあとしばらくの間、周囲から散々冷やかされるハメになったが。

はそれに対して堂々と『恋人宣言』をしていた。


………桃城、テメェもたまにはやるじゃねぇか。





こうして、銀の剣を持った勇者さまと、お姫さまは結ばれました。

めでたし、めでたし。















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