「勝手だよ」




受話器の向こうの掠れた声。

いつもなら何とも思わないのに、今は胸がチクっと痛む。










FREEDOM










『今日、手塚部長に叱られてたでしょ』
『…何、見てたわけ?』
『うん、バッチリ』
『わざわざそれを言うために電話してきたわけ?』
『うん』
『…もう切る』
『アハハ、ごめんって』
『で、何?』
『明日の試合、頑張ってね』




ありきたりのセリフなのに、顔が熱くなる。




『…オレが負けるとでも思ってんの?』
『ちっとも!だってリョーマ君には勝利の女神がついてるもん』
『…バ、バカじゃないの?明日早いからもう寝るよ』
『あ、そうだよね。ごめん。でもさ、試合が終わったら、また勝負しようね』
『…一生勝てないよ』
『言ったね!次こそは勝つもん』
『はいはい』
『じゃあ、おやすみ。リョーマ君』
『…おやすみ』








◆◆◆◆◆








リョーマとの電話を終えベッドへ寝そべると、
左手にある携帯を見て、ふと思い返す。




「そういえば、もう半年かぁ」




確か、あれは同じクラスで仲のいい桃城君が
テニス部にすげえルーキーが入ったから、見に来い…みたいな事だった気がする。


スポーツがからっきしな私は、一度でいいからそんな風に言われてみたいな…
なんて思ってたっけ。


せっかくだからと放課後、友達とテニス部を見に行く事にした。


桃城君が仲良さそうに話してる小さい男の子。
こっちに気付いた桃城君が、コイツだよと指で合図をしてる。


手を振り、頑張ってねと声を掛けると男の子はプイと横を向いた。
なんて生意気な!仮にも先輩なのに。


そう思っていたけど。


テニスをよく知らない私でもすぐにわかる。
確かに、すげえルーキーだった。

小さいのに…




「悪かったね、小さくて」
「あれ…声に出してた?」




いつの間にか隣に居たその小さな少年は、帽子を目深に被りなおし
わざとらしく溜息をついた。




「アンタ、誰?」
「人に名前を聞くときはまず自分からでしょ?」
「悪いね、俺アメリカ帰りだからわかんないや」




ムカっときたけど、私は先輩なんだと心を落ち着かせ
「私は2年の」と、にっこり笑顔をみせてみた。




「ふうん、俺は越前」
「下の名前は?」
「リョーマ」
「越前リョーマ君か」




さすがアメリカ育ちは名前がカタカナなのね、と変なとこで感心していると
あのさ、と何か言いかけた。




「なあに?」
「アンタ…桃城先輩と付き合ってんの?」
「はあ!?何で、私が桃城君なんかと付き合わなきゃいけないの!」
「違うんだ」
「ありえない」




へえ、と笑い「じゃあね」と背を向けて帰っていった。




「変な子…ってか、一度も私の事先輩って呼んでないじゃない!!」








◆◆◆◆◆








「ちょっとリョーマ君!」
「何すか?」
「今日こそは私の事、先輩って呼んでもらう」
「だから、勝負に勝ったらいつでも呼ぶって言ってるじゃないすか」
「むむ」




そう、その後頻繁に練習を見に行っているのだが
一向にリョーマ君は、私の事を『先輩』と呼んでくれない。

そうしたら、何とテニスで勝ったら呼んであげる、と言い出したのだ。
運動音痴の私と、天才ルーキーが勝負だと。
桃城君が腹を抱えて笑ってたよ。





青学が全国大会で優勝して、少し経った頃
リョーマ君から電話が掛かってきた。




『もしもし』
『リョーマ君!優勝、おめでとう!』
『あ、ありがと』




青学が優勝した事が、こうしてリョーマ君が電話をしてくれた事が
すごく嬉しくて、たくさんたくさん話した。




『あのさ』
『どうしたの?なんか、いつもと違って元気がないみたい
 あ、大会後だから疲れてるよね!ごめんね、長話しちゃって』

『…………』
『リョーマ君、どうしたの?』
『俺さ、アメリカ行くんだ』
『…え?』
『言っとくけど、本当だよ』




時間が止まったような気がした。思考回路も一緒に止まったみたいで
自分でも何を言ってるのかよくわからない。




『…私、まだ勝負に勝ってないよ』
先輩』
『俺、先輩の事が好きだよ』
『何言って…』
『これも本当だよ。だから、先輩の勝ち』
『ちょ、ちょっとリョーマ君!』
『じゃあ、支度あるから』




『…勝手だよ』


電話を切る寸前、受話器から聞こえた先輩の声。



「ごめん、先輩」

携帯画面の『』の文字に、そっと呟く。








◆◆◆◆◆








翌日、私はリョーマ君に一通のメールを送った。



【件名】勝負
【本文】不戦勝は性に合わない。勝負だ、リョーマ!!
    勝負内容は、かくれんぼ!
    放課後までに私を探してみなさい!






「はあ…さぼっちゃった」




屋上で横になりながら、先ほど送信したメールを読み返す。





「ね、リョーマ君」
「何が?」




うわっ!と飛び起きた先にはリョーマの姿があった。




「な、何でここに」
「……送信っと」






【件名】Re.勝負
【本文】見つけたから俺の勝ち。






「早かったね」
「アンタの考えそうな事なんてすぐわかるんだよ」




そういうリョーマの息は弾んでいて、急いで探してくれたんだと一目でわかる。




「ねえ、リョーマ君」
「…何?」
「いってらっしゃい」
「は?」
「アメリカ」
「ああ、別にアンタに言われなくても…」
「2回」




はリョーマの前に、人差し指と中指を立てた。




「昨日、私の勝ちって言ったのに。先輩って呼んでない」
「………」
「でも今の勝負はリョーマ君の勝ちだから」
「だから…」
「これで1勝1敗だよ」


純はリョーマに背を向け、一つ深呼吸をする。


「リョーマ君がアメリカに行く事は、君の自由。
 私が、リョーマ君を想う事も自由」

「…先輩?」
「好きだよ、私も」




いつのまにか隣に居たリョーマと手を繋ぐ。






「次の勝負」

リョーマが口を開く。

「次、俺が勝ったら下の名前で呼んであげるよ。
 …わざと負けないでよね、先輩」




年下の男の子に翻弄されて、顔の熱くなる私だけど
ふとリョーマ君を見ると、彼も赤くなってる。

「何、見てんの」って照れるリョーマ君が可愛くて
繋がれた手が離れないように、きゅっと握った。








◆◆◆◆◆◆








『もしもし』
『あ、リョーマ君』
『…荷物届いた』
『本当?良かった〜!』
『…がと』
『ん?』
『ありがと、先輩』
『…なんかやっぱり照れるね』
『じゃあ次の勝負、俺が勝ったら【先輩】をとってあげるよ』
『先輩をとる…って、リョーマ君!』




俺の言う事に一喜一憂してる先輩。




あの時、桃城先輩と付き合ってないって聞いて
ほっとした事を言ったらどんな顔をするんだろう。




まあ、悔しいから言ってあげないけど。


















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