いつだって俺の前には開けたくても開けられない重たい扉がある

それは押しても引いてもびくともしない



―― まるで俺を拒む様に










Next Gate










「また負けたんだって?激ダサ〜」




そう言って深い溜息を吐くのは同じクラスの
初めて会話を交わした時から辛口で、気にくわないヤツ…と思っていた

だけど、気が付くとはいつも的確に的を捉えていて俺以上に俺を知っているようで
いつからか気になる存在になっていた

それが数ヶ月も経つと、の辛口も自然に聞こえてきて
1年経った今では“気になる存在”から“意識する存在”に変わった

そして、アイツの事が好きだと気付いたのがつい最近。



惚れている女の前で勝つ試合を見せたいと思っているのに、ちっとも前に進めねー。

勝ったらアイツに思いを伝えて、次に勝ったら“”じゃなくて“”って呼んでやる。

そして次に勝ったら…って、虚しいと思えるほど計画を立てているっていうのに、
まったく俺っていうヤツはの言う通り激ダサだぜ。


そんな俺の気持ちを知る訳のないは今日も辛口を吐く




「うるせーよ。お前に何がわかるって言うんだよ」

「宍戸とダブルスを組んでる鳳くんが可哀想だって事は分かるけどね」

「なんだと!」




八つ当たりだ。そんな事は俺にだって分かってるさ
それでも気付いた時には、抑えきれない苛立ちでラケットを地面に叩きつけていた

しかし、は顔色一つ変えず「おーこわっ」なんて涼しい顔をしてた
それがまた俺の苛立ちに輪を掛けた


自慢じゃねーが、俺は誰よりも努力している。練習だって怠る事はねーんだ
なのに、何で俺は勝てねーんだ?

は俺と組んでいる長太郎が可哀想だと言いやがった

どーゆー意味だ?勝てないのは俺の所為ってことなのか?


くそっ…わかんねーー。



頭を抱えながらも、俺はやっぱり勝てないでいた






*********






「すみません宍戸さん…負けたのは俺の所為です」

「気に済んなよ長太郎」




この時、帰って行く長太郎の背中を見送りながら違和感を覚えた
だけど、その違和感が何なのかやっぱり分からなかった



モヤモヤする頭を掻きながら俺がまだ前へ進めないでいるある日、
裏庭で一人弁当を広げていると一つの陰が揺れた




「一人でお昼?寂しいヤツ」

「あ?」




面倒くさいと思いながら顔を上げると、自分の弁当を持参して立っているが居た
は断りもなく図々しく「どっこいしょ」と俺の隣に腰を下ろした




「げっ、……な、なに勝手に座ってんだよ」




思いっきり動揺している俺を他所に「気にしない、気にしない」と涼しい顔をしながら
は膝の上で弁当を広げ始めた

そんなを横目で見ながら俺は試合より緊張していた

緊張していたのはが触れられるほど近くに座っている事だけじゃなく、
前にコイツの前で八つ当たりをしてしまった事で気まずさも感じていたからだ

それなのには平気な顔で痛いところを突いてくる




「また負けたんだって?」

「うるせーよ」

「あはは、宍戸って本当に激ダサなヤツだよね〜」

「フン、激ダサで悪かったな」




は何かを考えるようにフフッと小さく笑って、持ってきた弁当をパクついている
天気が良くて、が隣に居てゆっくり流れて行く時間が心地良くて居心地が悪い。
俺は胸の奥にある扉を開けられなくて逃げ出してしまいたいと、どこかで思っていた

すると、はペットボトルのお茶をグイッと飲むとフーッと大きく息を吐いた




「宍戸ってさぁ…」

「あ?」

「もしかして気付いてない?」




それは、突然の言葉だった。
俺が何の事だと聞き返すと、はまたお茶を一口飲んで「う〜ん」と、
膝の上の弁当を袋にしまいながら考える素振りを見せた

そして、俺に疑問を投げかけたまま立ち上がると
「午後の授業に遅れないように」と言葉を残して背中を向けた

何だったんだ?


ヒラヒラと手を振るアイツの背中を茫然と見送っていると、は突然足を止めて振り返った




「もう少し鳳くんを信頼したら?ね、宍戸先輩。」




はそう言うと、ニッと笑って…それからまた手を振って背中を向けた



どういう意味だ? 長太郎を信頼しろ? 宍戸先輩?

の言葉を復唱しながらごろりと寝転ぶ。

見上げる空を流れる雲の塊一つ一つが風に流され追いかけっこをしているようで
まるで自分とみたいだと思った

俺はいつもが何を考えているか分からなくて、アイツの後ろを追いかけている
アイツと重なる事も追い越す事も出来なくて、その背中を見ているしか出来ない

まったく激ダサだぜ。




昼休み終了のチャイムにも気付かずに、ただずっと流れる雲を見ていたら
俺は不意に長太郎の言葉に違和感を覚えた事を思い出した



―― すみません。俺の所為で負けてしまって…

―― 気に済んなよ




俺…長太郎を信頼してない?
そればかりか、負けた事を長太郎の所為にしてる?


俺は正直ダブルスである事に不満を持っていた。しかも相手が後輩だ
先輩である俺が足を引っ張るわけにはいかない。俺が長太郎より後ろに居る訳にはいかない

何でも俺が俺が…と、一人先走っていたのか



全身に鳥肌が立ち、ゾワッと身体が震え、俺は夢中で走り出していた




すっかり午後の授業が終わっている教室に飛び込むと、は案の定呆れた顔を見せた




「アンタねぇ…授業には遅れるなって言ったのに…」

「そんな事はどーでもいいんだよ」

「どーでもいいって…アンタ…」

「そんな事より、今度の試合絶対見に来いよ」

「は?また激ダサな試合を見ろと?」

「フン、言ってろ。今度は負けねーよ」




俺はこうしてステップアップのための扉の鍵を開けた

もうお前に“激ダサ”なんて言わせねーよ






**********






「宍戸さん、今日は絶対勝ちましょう」

「当たり前だ長太郎。俺のダメなところはしっかりカバーしてくれよな」

「は、はい」

「よし、気合入れて行くぜ」








その時の俺は何もかも吹っ切れて清々しいとも言える気分だったと思う
俺はこの試合でダブルスで本当に必要なものが何かを知った


これで少しはアイツに近付けたかな?






「やったじゃん、亮」




聞き覚えのある声がスタンドから届き、そこにが笑いながらVサインを掲げている


お前…今、何て言った?




「どうしたの?宍戸って亮って名前じゃなかったっけ?」

「え?…あ、いや…そうだけどよ」




そうだけどっ!! お前、いきなり名前で呼ぶか?それって反則だろ?

あー、せっかくお前に追いついたと思ったのに、また突き離された気分だぜ




そして、俺は今日もお前の口癖を呟く。



激ダサだぜ、俺。















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