この俺が、こんなに鈍いなんて、な。










飛んで!回って!また来週Y










「………は?」



ここは立海大付属中、男子テニス部の部室である。
『常勝立海』と謳われる彼らは今、揃って間抜けな声を発していた。

ただ一人、部長…いや、威厳溢れる副部長を除いて。




「どうした、聞こえなかったのか?」



さりげなく天然系の真田に、部員の一人が挙手。

恐れ知らずの、自称?2年生エースで次期部長。
切原赤也が、皆の疑問を代弁する。



「いや、あの……真田副部長? 聞こえたッスけど……その…」

「なんだ、はっきり言ってみろ」

「えーっと……日記…って言いませんでした?」



やや引き攣った赤也の問いに、うむ、と真田は頷く。



「日記とは、自分と向き合う行為だ。 既に行っている者も居ると思うが…。
 精神の鍛錬の為に、我がテニス部でも習慣にすることにした」

「ええ〜〜〜??!! 嫌ッスよぉ!!」

「面倒だろぃ、そんなの」

「そうじゃのう、そんな暇ないきに」



赤也の悲鳴を合図に、立海テニス部の問題児たちが口を揃えて文句を言う。

だが、次の一言で、従わざるを得なくなった。





「……と、幸村が言っていた」

「……………」



部室内が、一気に静まり返る。

正に、鶴の一声。



「や……やだなぁ、真田副部長! そ、それを早く言って下さいよぉ…。
 いやぁ、日記かぁ……た、楽しみだなぁ〜…」

「ま、まぁ……たまには違うことやってみるのもいいかもなぁ…」

「……よーく考えてみたら、暇ぜよ」

「ふん……まったく貴様ら、たるんどる!
 期間はとりあえず一週間だ、必ず提出しろ」

「提出までするんスかぁ〜……」

「………まるで先生やのう」






……などという経緯で、ほぼ無理矢理日記を書かされることになったのだが。



「……書いてみると、案外面白いな」



仁王は、自室で宿題のように出された日記を書いていた。
書いていると中々楽しくて、気付けば夢中になって黙々とペンを走らせる。

書き終わり、器用にペンを指先で回しながら、内容を読み返す。



「ん〜……なんか、あんまり内容が面白くないのう…。
 でも幸村に見せるなら、ふざけられんし……」



顎に指を当てて、ふむ、と考え込む。



「日記…で、面白いもの……日記…。
 裏日記……うん、裏日記でどうじゃ!」



一人自慢気に、ペンを勢いよく前に突き出しポージング。
……若干、空しい。

少し寒くなった空気を振り切り、本棚から未使用のノートを取り出した。



「このノートでいいだろ……よし、明日から情報(ネタ)収集ダニ」



にやりと笑い、眠りについた。





月曜日 裏日記1ページ目。
      詐欺師の名に相応しく、人間観察日記じゃ。
      とりあえず、前々からなんか気になってた を観察することに。
      隣の席だから観察もしやすい…が、あんまりまっすぐ見てるとバレるので、
      ノート書いてるところとか覗き見してみた。
      ………意外と、まつ毛長いんやのう。
      って、観察の仕方間違ってるぜよ、俺。
      でも、黙ってればは可愛い顔してる。
      彼氏が居ないのが不思議じゃ。


火曜日 裏日記2ページ目。
      ……休み時間に書いてたら、丸井に見られそうになった。
      書くことに夢中になり過ぎたぜよ…幸い、内容は見られなかった。
      油断せずに行こう、やの。
      さて、観察…といきたいところじゃが、は欠席みたいだな。
      風邪引いたらしい、軟弱やのう。
      一応友達だしな、放課後部活が終わったら見舞いでも行ってやるかの。


水曜日 見舞いに行けなかった。
      でも今日はちゃんと来てるみたいだから、ま、いいか。
      せっかく大丈夫かって聞いてやったのに、
      「うわ、今日雨降るかも!!」とか言いよった。
      やっぱり可愛くないヤツぜよ、は。
      でもいつもどおりの調子で、一安心だな。
      が元気ないと、こっちの調子が狂うからのう。


木曜日 もしかしたら、熱でもあるのかもしれん。
      さっきから顔が熱い。
      の風邪がうつったか?
      といえば、さっきぶつかったのう。
      間近で見ると、やっぱり可愛い顔してた。
      というか、前より可愛くなってる気がするのは、さすがに気の所為か?
      …そういえば、顔が熱くなってきたのはとぶつかったときからか?
      まさか……いやいや、有り得ないぜよ。


金曜日 裏日記5ページ目。
      授業中ヒマだったから、この裏日記を読み返してみた。
      ……なんか、のことばっかり書いとるのう。
      傍から見ると『恋する乙女☆秘密のドキA日記帳』みたいで気持ち悪いぜよ。
      最初は人間観察日記のはずだったんじゃが…。
      なんだか専用観察日記になってるのう…。
      ……これは、確かめる必要がありそうだな。





、ちょっとええかの?」



今日は土曜日、学校は休みだったが部活はあった。
委員会の仕事とかで学校に来ていたを、とりあえずキャッチ。



「あれ、におぽん。 どしたの?」

「今日、一緒に帰らんか?」



さすが俺、実にナチュラルに誘ったぜよ。
でも、内心ドキドキじゃ。

これは、やっぱり…。



「うん、いいよ〜。 どっか寄るの?」

「いや、まっすぐ帰るぜよ」

「ええ? じゃあ何で誘ったのよ」

「何となくじゃ。 いいだろ、別に」



不思議そうな顔をしながらも、とりあえず断られはしなかった。
思った以上にほっとしてる自分に、びっくり。

一緒に帰るのは初めてじゃないはずなのに、おかしなもんやの。


いつもの帰り道を、二人並んで歩く。
それだけなのに、なんなのかねぇ、この無駄な緊張感は。

この俺が、話題を出せないなんて初めてぜよ。



「………最近、どうじゃ」

「はぁ? ……なに、そのお父さんみたいな言い方」

「失礼なヤツやのう……ほら、アレじゃ」

「アレ? アレってなによ」

「アレって言ったら決まってるだろ……彼氏、とか」



声が震えたり、上擦ったりしてないかのう…。
それすら分からないくらい、頭の中はぐちゃぐちゃ。

なるべくさりげなく、いつも通りに。

精一杯言った…つもりじゃ。


だけど、返事が怖い。
こんなん初めてで、の顔が見れない。

詐欺師の名が泣くぜよ、仁王雅治!
しっかりしんしゃい!!



「……いないよ」

「へ?」



答えを聞くために喝を入れてた所為で、聞き逃してしまった。
いや、聞こえてたんだけど…出来れば、もう一回言って欲しい。



「だから、いないって。 いるわけないじゃん、ったく」



それって嫌味?とか膨れる顔も可愛い。

なんて、テニス部の連中には口が裂けても言えんのう。





土曜日 今日、に彼氏がいるか聞いてみた。
      自分の気持ちの確認も兼ねて。
      に彼氏はいないらしい。
      それくらいで浮かれてる俺も俺ぜよ…。
      でも浮かれてるってことは、やっぱり勘違いじゃなかったみたいやの。
      もしかしたら、最初に気になったときから、もう落ちてたんかねぇ。
      俺は詐欺師とか言われて調子に乗っとったんかもしれんのう…。
      日記とは自分と向かい合う行為…真田の言うとおりだったな。
      真田に知られたら、たるんどる!って言われそうじゃ。





今日の日記を書き終わり、ノートを閉じる。

だがしばらく考えたあと、もう一度ノートを開き、ペンを握る。


土曜日の日記の下に、ほんの少し書き加えて。

今度こそノートを閉じ、鍵付きの引き出しにしまう。


そしてペンの代わりに、携帯電話を握りしめた。
慣れた手付きでメモリを呼び出すと、携帯を耳に当てる。

数回の呼び出し音のあとに、聞き慣れた声。



「おう、俺じゃ。 急にすまんの」




今はまだ、誤魔化すような喋り方しか出来んけど。
告白ちゅうのをするときは、ちゃんと喋るきに、今は勘弁ぜよ。




「ああ。 明日、なんじゃが―――…」




初めて知る不器用な自分に苦笑しながら、日曜日の約束をする。

この一晩で、上手い言い方は見つからんかもしれんけど。


ちゃんと覚悟は決めていくから、待ってて欲しいんじゃ。







専用となった裏日記。


『告白の日曜日』
      結果は、また来週、ぜよ。
      残念無念にならないように、頑張りんしゃい、俺。



この続きが、書けますように。










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