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らしくもねぇが、悪くもねぇ。










Dreaming on the Radio










「やっほ〜、けごたん。 遊びに来たよん」

「また来やがったのか……暇なヤツだな、てめぇは」




テニス部でもねぇのに、部室に入れるヤツ。
 は、部員以外で唯一ここの出入りを許されてやがる。

……正確には、別に許されてるわけでもねぇが。





「いやぁ、いつも悪いねぇ忍足」

「ええねんて……他ならぬちゃんの為やからなぁ」

「ふふ、お礼にアメちゃんやるでぇ」

「毎度、おおきに」




自慢のオートセキュリティ機能付きの部室。
部員でもないコイツが、どうして毎回この部屋に入れるのか。

それは、忍足が手引きしてるからだ。

俺じゃなくて、忍足に頼むが、気に喰わねぇ。




「……にしてもちゃん、けごたんって何やねん」

「え、あだ名だよ? 景吾だから、けごたん」

「うわ、めちゃ傑作や。 さすがやなぁ」

「でしょ〜??」




忍足のヤツ、勝手にの頭撫でやがって……。
お前も黙って撫でさせてんじゃねぇよ、ったく。

が俺の彼女なら、遠慮無しに言えるんだがな。


俺様がこんなくだらねぇことで遠慮すること自体、有り得ないってのによ。




「跡部もよくそんな呼び方許しとるなぁ、俺も呼んでええ?」

「うるせぇぞ、忍足」

「おお、怖。 男のヤキモチは醜いで、けごたん」

「……くだらねぇこと言ってんじゃねーよ」




妬いてるなんて、言えるワケねぇだろーが。
大体、お前がその呼び方するんじゃねぇ。

そんなふざけた呼び方、だけで充分なんだよ。




「あ、もうこんな時間じゃん。 帰ろうよ、けごたん」

「ああ……でもお前、本屋に寄るとか言ってなかったか?」

「うん、問題集を探そうと思って。 一緒に見てくれる?」

「……今日は特に用事もねぇからな。 別にいいぜ」

「ほんま仲良しさんやなぁ、跡部とちゃんは」




ポーカーフェイスを装いながら、返答に困った。
俺がそんな風に思ってるなんて、は全く気付いてねぇんだろうな。

幼稚舎からの付き合いだからねぇ、なんて、笑ってやがる。

長い付き合いなのに、コイツは何も解っちゃいねぇ。






「……ねぇ、けごたんってば! 聞いてる?」

「………ッうわ…っ……な、なんだよ」

「だーかーらぁ……この学校受けるのに、
問題集どれがいいかなって聞いたんだけど?」

「あ、ああ……悪かったな」




問題集を選ぶフリをしながら、やたらと早く鳴ってる心臓を静めようとした。

に付き合って寄り道した本屋で、つい考え込んで。
気付いたら目の前にの顔があって……どうしてコイツは、こう無防備なんだか。




「これがいいんじゃねぇのか」

「ん、じゃあそれにしよっと。 ……ねぇ、景吾」

「………なんだよ」




普段なら『べーさま』だとか『けごたん』だとか、ふざけた呼び方するくせに。
俺と二人のとき、たまに『景吾』って呼んだりする。

俺は二人のときでも、昔みてぇに『』って呼べないってのに。

頭の中ではいくらでも呼べるのに、なんで声に出せねぇんだかな。




「あたしさぁ……高校、受かるかなぁ」

「………お前の両親は、引っ越しても学園に通っていいって言ったんだろ?
 別に通えない距離じゃねぇみたいだしな」

「うん……でも、やっぱり遠くなるんだよね。
 バイトもしたいし、学園に通ってたら結構キツイしね」




引越し先は、そんなに遠いワケじゃねぇ。
でも今までみたいに、約束しなくても会えるワケでもねぇんだ。

本音を言えば、今よりも遠くに行っちまうのは嫌なんだよ。




「だったら、受かるしかねぇだろーが。
 外部受験するって決めたのは、お前自身なんだからよ」

「……あははっ」

「どうしたよ、いきなり笑いやがって」

「いやぁ、景吾らしい答えだなぁって。
 ……ありがとね、景吾。 なんか元気出た」

「………そーかよ」




行くなって言えねぇだけなのに、そんな風に笑うんじゃねぇ。
何がキングだ、情けねぇぜ。

何年も好きな女に、ずっと何も言えねぇなんてよ。








数ヵ月後、もうとっくにの第一志望の受験は終わってる筈だ。
なのに、はいつものように部室には現れなかった。

アイツの性格からして、報告ぐらいはしてきそうなものなんだがな。




「なあなあ侑士、最近のやつ来ねーじゃん。
 どうかしたのかぁ?」

「ああ、なんや一個目の学校落ちたらしいで。
 せやから、しばらく部室に遊びに来る余裕あらへんて」




部活が終わって制服に着替えてる途中に聞こえてきた会話に、思わず手が止まる。

俺には何も言わなかったくせに、クラスが同じってだけで忍足には言うのかよ。




「マジかよ、じゃあ結構へこんでんじゃねーのか?」

「どうやろな……でも、そんな感じやなかったで。
勉強せなあかんから、終わったら遊びに行くって笑っとったし」




アイツはいつもそうだ、何かあったときに限って何も言わねぇ。
仲間だろうが家族だろうが、心配させないように笑うんだ。

今、俺だけしか、アイツの心が解らないなら。


俺が、いつも通りの笑顔にしてやる。









『もしもし、景吾?
 珍しいねー、電話掛けてくるなんて』

「ラジオつけろ」

『は? ラジオ?? な、何よ急に?
 あたし勉強してんだけど……』

「うるせぇな、つべこべ言わずに言う通りにしろ」

『………あー、もう! 解ったよ!
 つければいいんでしょ、つければ』





≪……えー、次のリクエストは『けごたん』さん!
 可愛らしいラジオ・ネームですね〜≫




『…………え…?』




≪……それでは、『けごたん』さんのリクエスト、いってみましょう!
 『Dreaming on the Radio』!!≫





『……景吾、これ……』




電話の向こう側から、の声に混ざって軽快なメロディーが聞こえてくる。

どうやら、間に合ったらしいな。




『……景吾が、リクエストしたの?』

「ああ」

『………けごたんってラジオ・ネームで…?』

「そうだ」

『……………』




数秒の沈黙、そのあとには抑えきれない笑い声が聞こえてきた。


……こんなバカげたことするなんて、俺様のキャラじゃねぇけどよ。

お前の為なら、ピエロを演じるのだって悪くねぇ。




『けごたん…けごたんさんって…っ…!
 可愛らしいとか言われてるし〜……っ!!』

「はっ……ちったぁ、元気出たかよ?」

『……え…?』

「お前がそうやっていつもみてぇに笑う為なら、
 何度でも俺様が笑わせてやるぜ……




久しぶりに、声に出してお前の名前を呼んだ。
多少の声の震えは、電話なら伝わらねぇよな。

でもお前になら、キングの弱さを見せてやってもいいんだぜ?




『………景吾があたしの名前呼ぶの、久しぶりだね』

「アーン? そうだったか?」

『ふふ、そうだよ……なんか、嬉しい』




本当はいつも、呼びたかったんだよ。
でも忍足のヤツが軽々しく呼んでやがるから、呼び辛かっただけだ。

そう言ったら、お前はまた笑うんだろうよ。




「……大体な、一校落ちたぐらいでへこんでんじゃねぇよ。
 永久就職ってのがあんだろーが」

『……え…景吾、それって……』

「俺は学歴なんざ気にしねぇからな、いつでも来いよ。
 お前なら、俺が貰ってやってもいいぜ?」




俺ってヤツは、何でこんな言い方しか出来ねぇんだろうな。

ほら、またお前は、呆れて笑ってやがる。
きっと、俺が長い間ずっと見続けてきた、俺の好きな笑顔で。




『ふふ……ホントに、景吾は跡部様!って感じだよねぇ』

「悪ぃかよ」

『ううん……昔からずっと、変わらないなって。
 昔から……ずっと、あたしの好きな景吾のままだなぁって』




幸せ涙っていうのは、嬉し涙に分類されちまうんだろうか。
幸せで涙が出るっていうのは、本当にあるらしいな。

バカみてぇだ、本当に。


お前が、好きだって言ってくれただけで、泣きそうになるなんて。




「なんだ、そんなに俺様が好きなのか?」




それなのに、そんな言葉しか返せねぇ俺に。




『うん……景吾のこと、大好き。
 だから、永久就職先の紹介……嬉しかったよ』




お前が、そんなこと言うもんだから。

今話してるのが電話で、顔を見られてなくて助かった。


ちらと見た鏡に映ってた俺は、キングなんて呼べねぇ顔してやがった。
目は潤んで、顔は赤くなって、そのくせ口許はにやけそうで。

威厳なんて、あったもんじゃねぇ。




「そうかよ……じゃあ就職先、用意しといてやるぜ」

『あ、試験官! その前に一つお願いがあるんですけど…』

「どうした受験生、言ってみろ」

『永久就職の前に、彼女になりたいです』

「……………バーカ、当然だろ?」






幸せでしょうがねぇなんて、ホント、バカみてぇだ。
それでも、お前が今より少しでも遠くに行くなんて嫌だけどよ。

俺もそこまでガキじゃねぇから、待っててやる。

もし会えなくて、お前が無理して笑ってんなら。
何度でも、今日のように、リクエストしてやる。
他のヤツの前じゃ照れて呼べなかった代わりに、お前が呼んでたふざけた名前で。






「好きだぜ………








君に届け、今日のリクエスト。

君に届け、この想い。










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