雨上がりの空にうっすらと三色の虹が架かる
思わず両の指でフレームを作ってその景色を閉じ込める


「キレイだなぁ…でも、何か足りないんだよな」


そう呟くオレの口許は明らかに緩んでいる


だって、足りないものはもう解っているから…






















いつだったかキミに言ったことがある

『ねぇねぇちゃん、デートしない?』


軽口で茶化すのは意外と小心者だったりするから…

断られるのが怖くて、傷付くのも怖くて、冗談のつもりで誘うことしかできない。
キミが少し考えている姿をドキドキしながら何気ないフリを装って眺めているんだ

するとキミは白い歯を見せて笑う
『だったら、臨海公園の大観覧車に乗ろうよ』って。


「え!?大観覧車かい?」

「うん、やっぱりデートと言えば観覧車と相場は決まってるじゃない?」

「あははは、やっぱりそうだよねぇ」



オレは心の中で小さくガッツポーズをとる。

まさかキミがオレと同じ事を考えているなんて…


やっぱりデートと言えば観覧車!!これしかないよ


大抵の女の子はそれを口にすると、オレがあらぬ事を考えていると誤解するのに
キミが同じ事を考えていると解っただけでオレの心は既に有頂天だった

だけど、約束はいつにしようかなどと盛り上がった気持ちも
観覧車の『運休』にあえなく散っていった


機会を逃してしまったオレの心は宙ぶらりんのまま一年余りの空白。

あれから何度か誘うチャンスはあったけど、改めて誘うのが照れくさくて、
その内にオレはすっかりその約束も忘れてしまっていた








千石にとってもっとも憩いの場である学食。

「今日の運勢は…っと」


イヤホンから流れてくる軽快な音楽を聴きながら雑誌のページを捲っていく
勿論、彼の視点は占いのページである。

指先でトントンとリズムを取りながら占いの内容に
揚々としたり、落胆したり、その姿は宛ら百面相だ。


イヤホンというものは案外曲者である
意識を飛ばせば外界の音をある程度シャットアウトできる。

自分の世界にどっぷりと入る事が出来るのである意味利器だが、
傍からはどう見られるかは知る人ぞ知ると言ったところだろう


いつものように外界をシャットアウトしてひたすら自分の世界に没頭する
目の前で微笑んでいる彼女の姿にも気付かずに…



「千石くん…?」


が呼びかけても千石はフンフンと音楽と雑誌に夢中になっている
軽く溜息をつきながらは彼の目の前で掌を振った

緩く光を遮られ、雑誌にユラユラと影が走りふと視線を上に向けると
そこに笑顔で手を振るの姿があった

ガタンと大きく音を立てて椅子ごと後ろに下がる


「うわわっ!…っ、ちゃん…」

「ヤッホ〜♪」


ビックリしたよ
丁度キミの事を考えながら一人妄想に耽っていたからさ

慌てて姿勢を正して軽く咳払いを一つした



「や、やあ…いつから居たんだい?」

「さっきから居たよ」

「あは…はは、声を掛けてくれればいいのに〜」

「かけたよ…、でも千石くん雑誌に夢中だったみたいだし…」


オレが掌をパチンと合わせて「ごめんよ」と窺いながら謝ると
彼女は「気にしないで」とばかりに手を振ってくれる


「ずっと千石くんの顔を見てたから退屈しなかった」

「えぇっ、オレの顔を見てたの?ずっと?」

「うん」

「ははっ…、まあオレの顔は飽きないよね…イケメンだしね」

「誰が?」

「聞き返すかなフツー……、今ちゃんの前に居るのはオレだけなんだけど…」



わかっちゃいたけど、彼女は思いっきり笑ってくれたよ
『あはは』の文字がA4サイズのノート1ページ分くらい笑っていた
おまけに「イケメンじゃないし」と、ご丁寧に否定の言葉まで付け足してね。


「あははは、でも飽きない顔だよ」

「は…はははは」


喜んでいいのか悲しんでいいのか、オレは力なく笑うしかない。


「それよりさ、オレに何か用事があったんじゃない?」


他愛も無い話をしていたけど、実はそれが一番気になっていたんだ
だって、用も無いのに彼女がオレの所に来てくれるはずがないって思っていたから。


彼女はまるでオレが聞くのを解っていたみたいに頬杖をついたまま
「ふふっ」って意味ありげに小さく笑った


「ねぇ千石くん…、私とデートしない?」

「……」


あれ?今デートとか言った?ちゃんがオレをデートに誘った?
これって聞き間違いじゃないよな?

迂闊に返事をして『冗談だよ』なんて言われたらどうすんだよとか、
今日はエイプリルフールじゃないよな?とか頭の中で何度も確認をしていたら
彼女は少し不安そうな瞳で「いや?」と聞き返してきた



「な、な、何を言っているんだい?イヤなわけないじゃん。
ちゃんとデート出来るなんてラッキーだよ」


「ふふっ、良かった……、これで約束が果たせるね」

「え?約束?」

「うん、もしかして千石くんは憶えてない?」

「えーと…」



ちゃんと約束をしていたら絶対忘れるわけがない。
それだけは自信があるんだけど、どうしても思い出せない

すると、彼女は「一年も前の事だもんね」と
ポケットから二枚のチケットを取り出してオレの前に置いた


「あっ…」



そのチケットを見た瞬間、一年前の事が鮮やかに蘇る

オレがすっかり忘れてしまっていた記憶を彼女はちゃんと憶えていてくれたんだ


前言撤回、自信喪失。
オレってば完全に忘れてたじゃん


「あ…えーと…オレでいいのかい?」

「何が?」

「えーとさ…、オレなんかが相手でいいの?」



ちゃんが一年前の事を憶えていてくれて、おまけにオレを誘ってくれて
大声で「ラッキー」って叫びたいくらい嬉しい

だけど、それが一年前の約束を果たすためだけのものならちょっと悲しいかな…
なんて、キミを好きになるほど贅沢な悩みになりそうだよ



「なんかさぁ、そういう言い方って千石くんらしくないよ」

「そうかなぁ?」

「うん、私は千石くんと乗りたいから誘ったんだけど…
もし他の女の子と行きたいならこのチケット譲るよ」


「あ、それはナシ。オレだってちゃんと一緒に乗りたい」

「よしよし、じゃあ一緒に行こう」




彼女の性格なんだろうか
オレの小さな悩みなんて簡単に吹き飛ばしてくれる

丁度、雨上がりに虹が架かったあの時の風景のように…



こうしてオレたちは二度目の約束だけど、初めてのデートの約束をする事が出来た










『雨がしとしと日曜日〜』なんて歌が昔あったような…(←お前いくつだよ!)

そんな歌詞どおりの日曜日。
なんてアンラッキーなんだ


今日はちゃんと初めてのデート。
しかも観覧車に乗るのに何で雨かなぁ…

ふと、「テメェの日頃の行いが悪いからに決まってるだろーが」と
亜久津の声が聞こえたような気がして慌てて掻き消した

同時に携帯に着信があって、画面にキミの名前が浮かんでいる

『今日は楽しみだよ〜、遅れないでね』


朝シャンして、歯も三回磨いたし、
後はベッドの上に並べられた数着の服から今日着ていく服を選ぶだけ。

どうせなら、やっぱり好感をもたれる服装がいいじゃん?

だけど散々悩んで約束の時間に追い詰められて、
結局「ま、いっか」で、いつものラフな服装で出掛ける事にした




約束の時間の5分前、水玉模様の傘を差したキミが
灰色の街の中で穏やかな光を射す虹の様に見えた


「まだ少し早いからお茶でもしない?」

「うん、いいね」




他愛もない話をしながら時折窓の外を眺めては溜息が漏れる


「千石くん?どうしたの?何だかつまらなさそうだね」

「そんなことないよ、こうやってちゃんとお茶してるだけでも楽しいよ」

「そう?」

「うん、だけどさ…、せっかくのちゃんとのデートなのに
こんな天気でちょっと残念かなぁって思っちゃってさ」



するとちゃんは、まるでオレの心の中の霧を吹き飛ばすように
「な〜んだ、そんな事?」って笑った


「やっぱり雨なんかより晴れの方がいいじゃん?」

「大丈夫だよ、絶対晴れるから」

「すごい自信だなぁ」

「うん、だって私の占いの本には今日はピーカンで
千石くんと楽しいデートが出来るって書いてあったもん」



ちゃんは人差し指を左右に振りながら、それこそピーカンな笑顔を見せてくれた

ほら、やっぱりキミは雨上がりの虹なんだ

オレはそんなキミに少しでも光を与えられるような太陽になりたいなんて思った


「そう言えばオレの占いの本にも今日はピーカンで
ちゃんと楽しい一日が過ごせるって書いてあったよ」


「でしょ?」



そうなんだ、本当は天気なんてどうでもいい

そりゃあ雨なんかよりは晴れの方がいいに決まっているけど
そんなことよりこうやってキミといられればそれだけで楽しいんだ

そう思うと心なしか雨の音さえオレたちのためのBGMに聴こえてくるよ



雨の音に耳を傾けながらオレたちは冗談を言い合ったりして
幾ばくの時間を過ごしていると、不意にキミは窓から見える空を仰いだ


「千石くん、見て」


はそう言って窓の外を指差した



「おっ、ラッキ〜♪雨が上がってるよちゃん」


「じゃあ行こうか」と、ちゃんは元気に店の外へ飛び出していく
そして、当たり前のように自然に手をオレに向けて差し出す

こんな時の彼女の行動ってすごいって思うよ

こんなにも自然にオレたちは手を繋いでいる

見上げた空はまだピーカンとは言えないけど、
雲の切れ間から射しこむ光はオレたちを優しく照らしてくれている





オレたちは手を離す事なく観覧車に向かう

目の前の観覧車に、ただただ感無量。
やっと実現する約束に胸の期待は高まっていく


観覧車に乗り込むと、そこはもう二人の世界。


ドキッ ドキッ


あれ?何か苦しいぞ

オレ…緊張してる?


ずっと笑っていたちゃんの顔から笑顔が消えてジッとオレを見つめている


「な、なに?どうしたの?」

「ん…ちょっと考えてるの」

「何を?」

「どうやって千石くんを押し倒そうかなって」

「えぇええーーっ!!」

「ぷっ…あははは、冗談だよ」



こらこら、そんな冗談はダメだよ
まったく心臓に悪い。


ちゃんに押し倒されるなんて嬉しいけど、それはオレの役目だと思うんだよね」

「あははは、じゃあいつか押し倒してね」

「任せてくれよ」



そう、今は冗談で無防備に笑ってるけど
その約束が実現する時には逃げないでくれよ






「千石くん、虹だよ」


オレたちの乗っているゴンドラが丁度てっぺんに来た頃
ちゃんが指を指して声をあげた


あの時見た虹の風景。
キミがいなくて物足りない風景だった

でも、今目の前に一枚の絵が完成した



ちゃん、ジッとしてて」

「え?」



オレはその一枚を残しておきたくて指でフレームをつくって
虹とキミをオレの瞳の中に焼き付けた


いきなりの千石の行動に呆然とするだったが
やがてその行動の意味が解ったはにっこりと微笑み
千石に自分の隣に座るようにと促した


「どうせならこの方がいいでしょ?」



オレたちは指を合わせ、二人で一つのフレームを作った


『虹』というタイトルの一枚の絵が完成した

その絵は見えるものではないけれど、
世界で一枚しかない『記憶』というアルバムに残る


こうやって一枚ずつキミとオレの絵を増やしていこう

そして、一枚一枚にタイトルをつけるんだ

『キミが好き』ってね




ね、知ってたかい?

虹って『完成』って意味もあるんだよ















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