アイツの涙を初めて見た時、同情や慰めでもなく
ただ抱きしめたいと、そう思った


『なぁ、遊びに行かへん?』










遊びに行かないか?










最初は足のキレイな娘やなぁと思った

そんなにタッパのある方やないけど
すらりと真っ直ぐに伸びた足が印象的やった

特別べっぴんさんでもない
せやけど、くるくる変わる表情が“めっさ可愛い”


俺は気付かんうちに名前も知らんお前の事を
自分の視界の範囲に入れておきたくていつも目で追いかけとった








今日は一度も会うてへんなぁ


当たり前や…、俺の視界に入れんのも限界がある
名前も知らんし、クラスも違うんやからな

お前に会えるのは偶然でしかない


それでも、お前は帰る時にはいつも必ずテニスコート脇を通る
不器用な俺は、友達と楽しそうに帰って行くお前の背中に
ラケットを振るフリをしながらそっと胸の中で呟くんや

『気ぃつけて帰りや』


それも今日は言うことが出来ん
気をつけて見てたはずなんやけど、今日に限って通らん

見逃したんやろか?

いやいや、そんな筈はあらへんよなぁ…
俺の眼鏡は伊達やないっちゅうねん………あ、伊達やったな


はぁぁ〜…と、溜息がラケットを通してボールに伝わる


「おい忍足、ふぬけてんじゃねぇよ」



うるさいゎ跡部…、俺はお前と違うて繊細なんや
いつも女の子にきゃーきゃー言われとるお前には分からへんやろ?


残念 無念 また来週などと、どっかのアクロバティックボーイの真似して
ただ無駄に時間が経つのを待っているだけやった






練習後、いつものようにいつもの道を岳人と帰る
まったく色気のないもんやで…


「あれ?じゃん」

「ん?」と、岳人の声に合わせるように振り向くと
その視線の先にアイツがおった

アイツは丁度コンビニから出て来た所みたいで手に大きな袋を持っとった


俺は偶然にもアイツの名前を知ることが出来、嬉しさを隠しながら岳人に訊ねる


「なんや岳人、アイツのこと知ってるんか?」

「知ってるも何もアイツとは同じクラスだぜ」



おいおいおいおい、知らんかった
岳人のクラスに行った事あるんやけどなぁ
ちっとも気付かへんかったゎ

「ふぅん」って、さり気なく頷きながら俺の脳裏には妄想が渦巻く


めっさチャンスやないか〜いと『何とか男爵』みたいにグラスを掲げそうになったゎ
だって、そうやろ?岳人と同じクラスやったら俺が訪ねても不自然やない

毎日偶然を待たんでも堂々と会えるってもんや
おまけに話すチャンスも…いやいや、お友達にだってなれるかもしれへん

持つべきはいいパートナーやで
今日は岳人がエェ男に見えるってもんや

あかん、思わず顔が緩んでまうな








翌日から俺の猛アタック(?)が始まったわけや


毎日毎日飽きもせず岳人を訪ねる
さすがに岳人はうざがってたけどな、そんなん無視や無視。

だけど、アイツが俺の視界の中にバッチリ入っとんのに声が掛けられへん
不自然に見えんように話しかけるのって案外難しいもんやで


「うぜぇよ侑士」

「えぇやろ、俺と岳人の仲やん」

「げーっ、どんな仲なんだよっ」

「またまた〜、がっくん照れんでえぇって…、俺らは仲良しさんやんか」

「テメェ…侑士、いいかげんに……見ろ、に笑われてるじゃねぇか」



なに?に?
よっしゃ、つかみはオーケーやな

俺は今気がついたフリをしてわざとらしくを見る

すると一瞬目が合ってチャンスと思ったのも束の間、
「がっくん、本当に仲良しさんだね」と、
の視点は俺を通り越して岳人完全に向けられていた

いわゆる俺は無視みたいな?

まぁしゃあないとは思うけど、なんやちょっとつまらんなぁ…


しかし、そんな俺の気持ちを知らんと岳人は絶対変な誤解をしていると怒っていた
せやけど、俺はお前が羨ましいと思うたで。

俺も『おっしー』とか『侑ちゃん』とかそんな風に可愛く呼んでもらいたいゎ

自分でも『イタイ男』やと思うた。
多分俺は腑抜けた顔をしてたんやろうなぁ
岳人が目ざとく言う、「お前さぁ、のこと好きなのかよ」と…

何でコイツはこういうとこだけは敏感なんや?
ま、実際岳人の言うとおりなんやからしゃーないんやけどな

しかし、岳人は俺がその問いに答える前に「はやめとけよな」と言った


「なんでやねんな?」

「だってアイツ彼氏いるぜ、いくら侑士でも無理だな。がははは」



彼氏?彼氏って言うたか?……そんなアホな
あのキレイな足を愛でられる男がいるっちゅうことかいな?

コクる前に撃沈か〜い!?

相手は誰や?
岳人が相手とは考えられんし、まさか跡部っちゅうことはないよな?


「何でも他校のヤツらしいぜ」


お、さすがは岳人や
俺が聞かんでも答えてくれるとは…なんて感心してる場合ちゃうねん

他校って…、そんなモブ的存在に俺は負けとるんか


いやいやいや、俺は同じ学校におるんや
そんなモブ彼氏に負けてられへん…と、前向きに考えんと落ち込んでまう


「失恋決定〜〜、がははは」



こら岳人、何さらしとんじゃ
傷口に塩を塗るようなマネしおってからに…しばくで。

こんなハートブレイクな俺を苛めて楽しいんか?



なんやおもろない…

胸の中がモヤモヤと霧がかかってしもうたみたいや



この日から俺は『女はだけやあらへん』とか『女は星の数ほどおる』とか
負け惜しみな事を思いながら諦めようと何度も思うたんやけど、
思えば思うほどアイツを目で追ってしまい、視界の中に閉じ込めてしまう

いっそ思いっきり告って砕けてしまおうか…
サラッと言ってダメなら冗談にすればいい


そんな日々が悶々と続き、いいかげん俺も一途な男やなんて思いながらも
諦めきれんままいつの間にか岳人のクラスに行く足も遠のいていった






相も変わらずテニスコート脇を通るを性懲りもなくフェンス越しに見送る
毎日が続いていたある日、授業を受ける気がせんで昼飯を食べた後教室に戻る事なく
ブラブラと屋上まで足をのばした。



あかん、今日は授業を受ける気もあらへん




屋上への扉を開けると緩やかな陽射しが飛び込んでくる


「お、えぇ気持ちや…風も丁度えぇし、たまにはサボりも悪くないやろ」


無駄に自己弁護しながら昼寝の場所を探す為に辺りをぐるりと見回していたら
突然その目が一つの場所で止まった

人影が見える


先客がおるんか?

同じ事を考えるヤツがおんねんなぁ



侑士はその正体を見極めるためにできるだけ足音を立てずに近付いて行った



えっ!?……うおっと、何でお前がここにおんねん

これはチャンス?それとも運命?


試合の時より緊張する胸の逸りを抑えながら
できるだけ不自然にならんように俺は声を掛けた


…?なんや自分もサボリかいな」



まさか俺がここに居るとは思わんよな?驚いたの瞳が止まっている
でも、の顔を見た俺の方がきっと何倍も驚いた顔をしてたかもしれんなぁ


の瞳が潤んで赤い…


泣いとったんか?


瞬きをすれば瞬時に涙が零れてしまうのか、は出来るだけ泣いている事を
悟られんように瞳を動かさずに俺を見た

なんや、そんな切ない顔されたら抱きしめたくなるやろ?
あかんな、それやったらただの変態みたいや

自分の中でアホみたいに自問自答しながら、駆られる衝動を抑えた



「誰かに苛められたんか?」


我ながらバカな事を訊いとるって思うたけどな、
案の定お前は『そんなアホなことあるかい』みたいな目を俺に向けて睨む


「ほなら、彼氏と喧嘩でもしたんか?」



俺を睨んでいたの瞳がゆっくりと反対方向へと動いていく


おいおい、図星かいな
俺、めっちゃ無神経な男みたいや

こんな時どう慰めていいのか、よう解らへん


言葉に詰まって俺の口から微かに溜息が漏れると
が横を向いたまま小さな声で言ったんや『フラレタ』ってな。


フラレタ? マジかいな?

ちゅうか、モブ的存在のくせしてをふった言うんか?
何かムカつくんやけど…

だけど心は裏腹なもんや
不謹慎やけど、もしかしたらといらんことが頭の中を駆け巡っていく


「忍足くん…」



すると突然、の口から初めて名前を呼ばれドキリと胸が脈打つ


「忍足くん…、顔が笑ってる……私がフラレタのが面白い?」



慌てて否定するもののに指摘され、どっかで喜んでいるのも事実やと思うた

俺はどうやって弁護しようかとあれこれ考えながらの隣に腰を下ろすと
は俺との距離を空けるように座る位置を少しずらした

その行動にの俺に対する本音が見えたようで少し傷付いたで



「男なんて星の数ほどおる、元気出しや」

「×××…は一人しかいない」



気を取り直して言った言葉も裏目に出る

せやけど一人しかおらんと言ったの気持ちも解る気がする
世界中にお前と同姓同名のヤツがなんぼ居ったとしても
俺にとっての『』はお前だけやもんなぁ



「したら、泣いてもえぇで」


は首を横に振って「泣かないよ」って呟く


「遠慮せんで思いっきり泣いたらえぇやん、何なら胸を貸すで」

「泣かない…忍足くんの前では絶対泣かないよ」

「そんな思いっきり拒絶せんでもえぇやろ?」

「だって…忍足くん、また笑うでしょ?」

「…笑わんって」



俺はそっと手を伸ばしての頭をくしゃっと撫でた
するとの目から涙が頬を伝って流れていく

その涙を隠すようにお前は立てた膝の上に顔を伏せた


声が漏れないように押し殺して肩を震わせている
抱きしめたくても出来ないその手で俺は何度もの頭を撫でる

掛ける言葉はもう何も見つからん


の頭を撫でながら見上げた空がすっきり青くて
なんや知らんけど晴々とした気分になった

お前の心もこんな風にすっきりするとえぇな…










空に浮かんだ雲が形を変え始めた頃、は『へへっ』と小さく笑った
そのまま腫れてしまった目を俺に見られんように急いで立ち上がって背中を向けた

スカートの下から覗かせる真っ直ぐ伸びた脚が視界に飛び込んで
俺は咳払いを一つして目線を逸らした


「忍足くん…」


俺が座ったまま見上げると、は背中を向けたまま「ありがとう」と呟く


「お礼を言われるような事してへんで」

「…慰めてくれたんでしょ?」

「ははっ、気にせんでえぇって…また泣きたくなったら声掛けてや」

「もう泣かないよ」

「ホンマかいな」

「ホンマだよ、忍足くんのおかげで少し元気が出た」



言い慣れない関西弁で俺に合わせて答えてくれるお前の背中は笑っているようやった
背中越しに右手で小さくVサインを見せて「じゃあね」と教室に戻っていく






俺の声にアイツの足がピタリと止まる

思わず引き止めたものの言葉が見つからん
自分が何を言いたいのか、何を言おうとしたのか見当もつかん

せやけどお前の背中を見とったら自然に言葉が出てきた



「なぁ、遊びに行かへん?」




は頷くでもなく、首を横に振るでもなく黙って屋上を後にした
ただ、扉を開ける前に少しだけ振り向こうとしたその足が…
振り向く事はなかったけど、それでも俺は挫折感を味合わんで済んだ。




せやから、俺は何度でもお前を誘うつもりや

お前の心が晴れるまで…

お前の涙が涸れるまで…何度もや




「な、遊びに行こうや」















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