それはあまりにも突然の事だった


この日、テニス部の顧問に会わなければ…いや、テニス部の顧問が担任でなければ
私の高校生活はもっと変わっていたかもしれない










#001:前途多難かも!?












2年になって直ぐの事、職員室の前を通りかかった時担任の教師に声を掛けられた




「お、…、丁度いいところに来たな」

「は?別に来たわけじゃないです。これから帰るんですけど。」

「あははは、まぁまぁ」




は怪訝そうに眉をひそめた

案の定、教師は保護者の方からの差し入れだとスポーツドリンクを20本の前に置き
「悪いが、これをテニス部の部室まで持って行ってくれ」と、言い出した


何を言ってるんだ?コイツ…



悪いがと前置きしている割に涼しい顔をしてやがる
しかも、これ1本1.5?なんだけど?それを20本…私一人で持って行けと?


ふざけんなよ!




「こんなに無理です」

「ん?大丈夫だ心配するな。こうやって袋に入れて行けば持ち易いしな」

「そういう問題じゃ……」

「んじゃ、頼むな」




おいっっ、ちょっと待てィ!!


足元に虚しく残された20本のスポーツドリンクを見ながら、は溜息を吐く

テニス部顧問を担任に持ったのが運のツキなのか…


は「ちっ」と軽く舌打ちをすると、ご丁寧に10本ずつ入った二つの袋をぐっと持ち上げた




「お、重っ…」






こうやってバカ正直に運んでやる私もどうかと思うけど
絶対私の事女の子だと思っていないあの教師も許せん

しかし、これだけ人がいるのに誰も手伝ってくれないなんて…


恨めしげに辺りを見回していると「何やってんの?」と天の助けのような声がして
振り向くと、そこに仲の良い女友達が立っていた




「大変そうじゃん」

「そうなの。これをテニス部の部室まで持って行かなくちゃならないの」

「ふぅん、重そうだね」

「悪いけど手伝ってくれると嬉しいんだけど…」

「あっ、ごめ〜ん。これから彼氏とデートなんだ。フフッ」




フフッて…。

うん、分かってるの。
どんなに親しい友人でも彼氏との約束より優先順位が下だってこと。

でも今の私には人の小さな幸せを喜んであげられるほどの余裕がないのよ



こめかみを小刻みに痙攣させながらは嬉しそうに走り去って行く友人の背中を見送った






何が彼氏とデートじゃ!…と、一歩。
こんなに差し入れなんかするんじゃね――っ!…と、一歩。

これもみんなあのクソ教師の所為だ!…と一歩。


はブツブツと恨み事を呟きながら重々しくテニス部の部室へ向かって行った






ふぅ、よし部室はあのコート裏だよね?あともう少しだ

しかし、すごい人気だよ

コートを取り囲むフェンスに沢山の女の子が群がって黄色い声を出している

それぞれがお目当ての名を叫び色めき立っていた。
中には見知った名が飛び出して、は意外そうに「ふぅん」と唸った




「青春してるなぁ」と、どこか年寄りくさい言葉を呟いていると
含みのある笑い声と共に一つの影がの行く手を遮った




「フフフ、重そうだね」

「あ?重そうじゃなくて重いんだよ…って……え!?」




あからさまに吐いた自分の言葉に後悔しながらは半身仰け反った
なんと目の前に居たのは男なのに美人と名高い幸村精市だったからだ。




「あー…えーと…幸村…くん?」

「そう、俺はテニス部部長の幸村だけど君は?」

「2年B組のだけど…」

「B組?じゃあ仁王やブン太と同じクラスだね?」




だね?なんて爽やかに言う幸村は何だかキラキラと輝いていて
心なしかその背中には大輪の花を背負っているようにも見え、はクラっと眩暈を感じた

幸村はの顔をジッと見つめると柔らかい笑みをふわりと零した




「な、なに?」

「フフッ、こんなカワイイ子と同じクラスなんて仁王とブン太が羨ましいと思ってね」

「うっ…」




背中がぞくりとした。
全身にブツブツと気泡のように肌が泡立っていく感覚。

こんな歯の浮くようなセリフをさらりと言うなんて流石というか何と言うか…
と、いうより、そんなお世辞を吐く余裕があるなら重たい物を持っている女の子に労いの言葉はないのかと思ったが
彼の美しい(?)微笑はの言葉さえ遮らせた

無意識に引き気味に半歩ほど下がると、幸村が「それより」との手に目を向けた

そして、「ずいぶんと重そうだね」とやっと気付いたみたいにの足元に置かれた荷物に目を向けた
勿論、は遠慮なしに言う。「ハッキリ言ってすっごく重い」と。

しかし幸村はそれに対して対処してくれる訳でもなくただフフッと小さく微笑む。
それが癇に障り、はここまでの経緯を説明した


すると幸村は表情を変えることなく「それは悪い事をしてしまったね」と軽く謝罪し、
「呼びに来てくれれば代わりに取りに行かせたのに…」と言葉を繋げた

「あっ」との口から短い言葉が洩れる

くっそ〜、その手があったか…
あまりにもムカついたからそんな簡単な事さえ気付かなかった




が奥歯をギリッと噛みしめると、幸村はまたも楽しそうな笑みを浮かべた




…、君って案外ヌケてるんだね」

「なっ…」

「フフッ、すまないけど…ついでだから部室までそのまま持って行ってくれるかい?
 あ、部室はコートの向こう側だから。フフフ、頑張ってね」




幸村はそのままひらりと軽く片手を振って背中を向けた




―― プチン




何かが切れる音がした




コイツ…

美人な男は何を言っても許されるとか思ってねーか?




「幸村!ちょっと待てィ!!」




が踵を返した幸村の肩をむんずと掴むと、
彼の肩にかかっていたジャージがはらりと足元に落ちた

すると幸村はゆっくりと振り返り、「どうかしたのかい?」と磨きのかかった笑顔を浮かべた




「アンタねぇ…私は、わ・ざ・わ・ざ 職員室から持ってきてやったんだ
 それを部室まで持って行けだとぉ?ここにはこんだけ男がいるんだから誰かに持って行かせれば?」




勢いに乗せて溜まってしまった苛立ちを吐き出してしまったの頭の中は
既に後先の事など考える余裕はなくなっていた

しかし、幸村は熱くなったとは対照的に冷静で余裕の笑みを見せる




「うーん、それは気付かなかったよ。悪い事をしたね」




知っていますか?クレーマーの対処術としてあげられるのがクレーマーの意見を最後まで聞くということなんです。
この時は、幸村はクレーマー処理に適していると…そう思った






それから幸村は再び爽やかに謝罪の言葉を述べると真田という男子を呼び
の持って来たスポーツドリンクを部室へ持って行くように命じた

キャップを目深に被っていたので真田の表情はよく見えなかったが
への字に曲げた口元が不機嫌さを表しているようだったが、そんな事は知ったこっちゃない。

彼は無愛想にドリンクの入った袋を軽々と持ち上げるとテニスコート裏へと姿を消して行った






これで厄介な事も終わったとが去ろうとした時、次なる災難が襲ってきたのだった


その話は次回にて…















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