まさかこんな形で私がテニス部に関わって行く事になろうとは思ってもいなかった #002:一難去ってまた一難? ようやく自分の任務が終わったと凝り固まった肩を揉みほぐしながら帰ろうとするに 「ご苦労じゃったのぅ」と声を掛けてきたのは同じクラスでもありテニス部員でもある仁王雅治だった 何を心にない事言ってやがるとが軽く舌打ちをすると、背後から「苦労じゃねーって」と 追い打ちを掛ける言葉が耳に入る 「ならあれくらい大した重さじゃないって…だろぃ?」 ガムを膨らませながらそう言った赤い髪の男。彼も同じクラスでテニス部員の丸井ブン太だ。 しかもブン太の傍らには毛のない男が立っていた 「ほぅ…コイツが噂のか?」 「誰…アンタ?」 「俺か?俺は…」 毛のない男が名乗ろうとした時、ブン太が間に入りこんできて勝手に紹介を始めた 彼はジャッカル桑原と言って、何でもブラジル人のハーフらしくブン太とダブルスを組んでいると言う。 「人間?」 「どういう意味だ?」 「だって毛がないから…」 「なっ…テメェ…」 ジャッカルはそう言い掛けて口を閉ざした その傍らで不敵な笑みを浮かべる仁王とガムを膨らませるブン太。 「?」 噂だとか何だとか、は腑に落ちない態度に疑問が過ったが、いかんせん今日はツイテいない 下手に逆らえばまた災難が降りかかると思い余計な詮索をすることをやめた その時だった シュンと鋭い音がの頬を掠め、それは抉るようにフェンスに激突した それがテニスボールだと理解できるのに少し時間がかかった 勢いを増して飛んできたボールは速い回転で起こった風圧での頬に小さな傷を作っていた つっ――っと薄紅の雫が頬を伝う 「、大丈夫か?」 咄嗟に庇った仁王の機転で難は逃れたものの頬に微かな違和感と痛みでそっと触れると、 指先に赤い雫がついた 「…血…!?」 「お、おい…大丈夫か?」 「…大丈夫なように見えるか?」 この状況を見て大丈夫かなどと訊くのか?お前らは… 球型の形を残したフェンスの下に転がったテニスボールに目を向けると はそれを拾い上げ握り締めた それはまるでボールを握りつぶしてしまうのではないかと思えるほど強く、その手は震えていた 怒りの炎の業がメラメラと湧きおこり体が無意識に震え出す そんな様子を見ながら仁王は「夜叉じゃ悪魔じゃ」と呟いたが、の耳にはそれが届かず 仁王は命拾いをしたかもしれない 「あのバカ…またキレてやがる」 聞こえて来たのは溜息交じりのジャッカルの声。 はジャッカルの視線の先を追った するとそこには殺気を漂わせた男の子が立っていた 「悪魔?」と一瞬は思った 彼の髪は海の底で揺らめく海草のようにユラユラ揺れて、その瞳は赤く光っていた 思わず洩れた言葉に「俺にはの方が悪魔に見えるぜよ」と苦笑する声が聞こえた そして、「違いない」と同意しながらガムを膨らませるブン太。 がギリッと小さな歯ぎしりを立て、ボールを握っていた手に力を入れると 仁王とブン太は言葉を失い半歩ほど後ろに下がった 「早くアイツを止めてこいよ。お前の仕事だろぃ?」 ブン太がそう促すと、ジャッカルは「やれやれ」と面倒くさそうに足を進めた だが、その肩をグッと掴み彼の足を止めたのはだった 「邪魔すんなハゲ」 「なっ…ハ、ハ、ハゲってお前…」 「アイツは私が…殺る」 「や…殺るって…お前…マジかよ」 止めなくていいのかとジャッカルは不安げに仁王とブン太に振り返ったが、彼らは 「なーに心配せんでもえぇぜよ」「あれがだぜぃ」などとジャッカルの心配を他所に どこか楽しんでいるように見えた。しかも「アイツ…死んだな」と悪魔の方に同情する始末。 不吉な言葉を残す仁王とブン太に、ジャッカルはごくりと息を飲んだ すると、は何を思ったか上体を逸らすと大きく振り被り手にしていたボールを悪魔目がけて 思いっきり投げつけたのだった の手を離れたボールは勢いを増し、どストライクで悪魔の顔面に向かって飛んで行った しかし悪魔は「キシシ」と甲高い笑い声を響かせながら、あっさりとラケットで打ち落としてしまった 「フン、上等じゃない」と、は薄笑みを浮かべると猛ダッシュで悪魔の前に行き 彼の胸座を掴んでグイッと締め上げた 「このクソチビ、私の顔を傷付けるとはいい度胸じゃねーか?」 は怒りに任せて冷静さを失っていたかもしれない 遠慮なしに悪魔を締め上げるその手に加減はなかった その力強さに悪魔は眉を潜めたが少しも怯むことなく赤い目を吊り上げた 「あ?アンタ誰?邪魔するならアンタも潰すよ」 胸座を掴んでいたの手を強引に振りほどくとそのまま突き飛ばした 「っつ…」 は怒りを抑えながら奥歯をぎゅっと噛みしめ冷静を装いながら立ち上がった そして制服についてしまった砂を振り払うと、大きく深呼吸を一つした 「マジで止めなくていいのかよ?」とジャッカルの顔が蒼ざめていく 彼は正しい。仮にもは女子なのだ。このままでは怪我をしてしまう恐れもある しかし、仁王もブン太もしれっとした表情で事を見守っている 「あれがじゃ。よく見ときんしゃい」 「下手に手出しすっとこっちが殺られるぜィ」 勝手な事を言っている。そんな事を知らないは最早感情のみで行動していた 一度大きく息を吸い込み、一気にそれを声に出して吐き出した 「おい、チビ!私に手を上げるとは10年はえーんだよっ!!」 その言葉が終るか終らないかの出来事。の身体が宙に浮いたかと思うと その足で悪魔の腹を蹴り上げたのだった 瞬間、悪魔は「うぐっ」と断末魔の声を残して吹っ飛んだ フェンスの向こう側では女の子達の悲鳴が飛んでいた 一部では「見事なもんじゃ」「さすがだぜ」と喝采もあった しかし当のは悪魔が倒れたのを確認すると制服の乱れを直しながら 「フン」と鼻で笑いながらコートを後にするのだった 「な、何なんだ?アイツは…」 一部始終を目の当たりにしたジャッカルは唖然としながら目を丸くする だが、仁王とブン太は笑いを堪えるように肩を小刻みに揺らしていた 「だから言っただろぃ?あれがだってな」 いつの間にか他の部員達も倒れている悪魔の周りに集まってきて、その姿を見下ろしていた 「大丈夫かい?赤也」 蹴られた腹を押さえながら蹲っている赤也に幸村が声を掛ける しかしその顔は心配している顔ではなく、どこか楽しんでいるように見えた 「フフフ、やっぱり彼女は面白いね」 「あぁ、なかなか興味深い女子だ」 これからテニス部と関わっていく事になるとは、はまだ気付いていなかった BACK TOP NEXT |